ドキュメンタリー映画「マジでガチなボランティア」

ギャル・ギャル男がカンボジアに小学校と診療所を建てた!
ボランティアに全く関心のなかった若者が、そこに何を見出したのか?

海外ボランティアを舞台に、日本の若者の「生きる実感」に迫る。
3年間密着取材した、学生医療支援NGO~GRAHISの物語。

ナレーション:高良健吾

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予告編

高良健吾インタビュー

マジでガチなボランティア (講談社文庫)

2012年5月 7日 (月)

なぜ今の仕事をしているのか?

GWなので考えてみた。
自分はなぜ働いているのだろうか?

すぐに思いつくのは、

収入を得るためであり、
家族を支えるためであり、
自己実現のためである。


では十分な収入があれば働かないのか?

いや絶対に働くだろう。
働かなければ退屈で死んでしまう。
「やることがなにもない」ということほど、苦しくつらいものはない。
今も明日も1年後も10年後も、死ぬまで、何かやるべきことを抱えていたい。


家族を支えるとは、どういうことなのか?

それは単に収入の問題だけではない。
私と家族が何者であるのか?そして社会とどう関わっているのかを明かすものである。
単に収入が多いとか、社会的な地位が高いとか、有名だとかいうことだけでなく、
仕事を通じて得た知見や人脈が家族を支えることだろう。
他者との関わるきっかけだったり、関係を維持しようとして働いているのかもしれない。


自己実現とは何を実現したいのか?

自分の考えを具現化したい。
具現化したら、それがどれほど世の中の役に立って、
結果としてどれほどのリターンが得られるのか?ということが、人生で最大の関心事である。
リターンとは、金銭と経験である。

そして、リターンの量は、社会への貢献度に比例すると信じている。

社会への貢献度というのは、

どれだけ多くの人の役に立っているか?
どれだけ未来を変えることに役だっているのか?
という2点で測っている。

もし自分の仕事のリターンが少ないと感じるならば、それはこの2点での貢献度が低いからだ。

もしこの貢献度が低そうなのに、儲かっているということがあったら、
それはどこかで悪いことをしているに過ぎないと決めつけている。

自分への欲求。
自分に近い他者への欲求。
自分の属する集団への欲求。
自分と同じ生命への欲求。

などなど、欲求を働きかける階段はいくつもあるが、
自分はその階段を自分の足で登っていきたいと考えている。

スピードは遅くてもよい。
一歩ずつ、ずっと登り続けられれば。


2012年5月 3日 (木)

Caravan を日比谷野音で

我が家の恒例行事となりつつあるCaravanのライブに行った。


かなり良かった。


「また一からやり直します!」
「自分の覚悟が問われている」


という、いつもの照れ気味なMCが心に響いた。


というのも、Caravanはちょっと前にavex系のrhythmzoneを辞めて、自身でレーベルを立ちあげており、今後は宅録のCDをライブ会場で手売りしていくというのだ。

メジャーデビューして6年。
37歳でのリスタート。


がんばって欲しい。
心から応援したい。


自分の表現を追い求めるということは、美しい。
誰にでもできることではない。


しかも、単に若さに任せているわけでもない。
いろんなことを知った上での決断でもあり、
これ以外に道はないと追い込まれた上での行動なのだ。


この間42歳になったが、オイラもまだまだ挑戦しまっせ。

2012年5月 1日 (火)

一つのことを極める人生

一つのことを極めた人間になりたい。
極めたいのは、ドキュメンタリー。


この定義が曖昧で多様な手法の存在する映像表現を自分なりに極めるためには、
いろんな能力が必要だと考えている。


ちなみに、自分はそれを作家として極めたいわけではい。


ドキュメンタリーには、それが作品か運動か?という議論があるが、
自分はそのどちらを志向してるのか、よく分かっていない。
ただ社会的にもっと意義のあるものにしたいと考えているようだ。


自分が考える必要な能力とは、それぞれが相反するものようにも思える。
もしかしたら、今以上に自分の行動に矛盾が生じるのかもしれない。


しかし、どれほど矛盾が深まろうと、いつか必ずそれらの能力を身に着けて、ドキュメンタリーを極めたい。


2012年4月29日 (日)

好きでなければ撮れない

「仕事であれば嫌いなことでもしなければならない」

そんな考え方がある。
でも、それは間違っている。


人間は、好きなことしか仕事にできない。


嫌いなことであっても、100%その全が嫌いなことなど滅多にない。
嫌いなものに中にさえ、どれだけの好きを見つけられるか?
それが仕事において、すなわち人生において非常に重要な能力だと思う。


こう考えるのはなぜかというと…


およそ表現というものはどれも同じだだが、映像もまた、制作者がどれだけ対象を愛しているのかということが全てである。
映像の中でも、ドキュメンタリーは、それがもっとも如実に現れるものだと思う。
撮影対象の日常にカメラを向けているのに、そこに愛がなければ、この世でこれほどつまらないものはない。


とは言え、それを業としている自分は、愛からのみ映像作りが始まるわけではない。


それでも、これまで会社を立ちあげてから自分が制作したものには、すべてに愛があると断言できる。
それは、こんなプロセスを繰り返しているからだ。


好きなものしか撮れないから、好きなところを探し、好きなところだけを撮る。
好きなところが生きるよう編集を繰り返し、映像が出来上がるころには、それが愛に変わっている。


でも、惚れた相手というのは、良いところ以上に悪いところもよく見えるものである。ナハハ。

2012年4月19日 (木)

仕事で一番大切なこと

自分が一番大切にしていることは何か?

物事がうまくいかない時に立ち返る言葉だと思う。

例えば仕事で言うのなら、自分にとっては「自分が正しい」と思ったことをやるということが最も大切だ。

自分で会社をやることのすべての理由がここにある。

おそらく誰にとっても同じだろう。


それなのに、

自分の都合だったり、
上司の顔色を伺うためだったり、
顔のよく見えない不特定多数にうけるためだったりで、


知らぬうちに「自分が正しい」と思うことを引っ込めてしまう。


まずは、その弱さに打ち勝ちたい。


そして、「自分が正しい」と思うことが「本当に正しい」のか、確信を持ちたい。


自分の飯の種は、物事に対して「自分が正しい」」と思える視点を見つけ出し、それを映像に落としこむ技術だと考えている。


40を超えてもなお、何も知らない、何も分かっていない自分は、恥をかきながら、物事を知っていく必要がある。

昨日も今日も、慣れないセミナーに出席して、こんなことも知らないのか、とちょっぴり恥かしい思いをした。

明日も明後日もこれからずっと恥をかいていこうと思う。

2012年2月22日 (水)

日本一を目指すということ

先日、とある開業医の先生とお話する機会があった。
先生は、まだ40代?だがゴッドハンドの持ち主で、1ヶ月近く入院しなければならなかった手術を、切除箇所を極めて小さくすることで、日帰りにしてしまったという猛者である。
1日に250名以上を診察されるとのことで、クリニックを尋ねた日も患者さんでいっぱいだった。


そんな先生と映像制作の話をしていると、先生が自分たちで作ったという社内向けの映像を見せてくださった。
そこには先生が突然、「日本一の病院になる」と目標を立てた時の、スタッフの戸惑いや葛藤、そしてその後の自信をつけて良く様子が、新しく建てられるクリニックの完成までの道のりと共に紹介されていた。
スタッフと先生のインタビューで構成されており、映像的には至ってシンプルなのだが、関係者が関係者のために作った素人映像のみが持ち得るみずみずしさに溢れていた。


久しぶりに、素人さんの映像にやられた。
と同時に、自分自身を振り返ってみた。


自分も「日本一の制作会社になる」と言ったことはある。
が、しばらく忘れていた。


ところで、そもそも、日本一ってどういうことなのか?


医者で日本一も不明確だし、映像制作会社で日本一も曖昧だ。
数値化できないものを掲げれば、全部不明確あいまいだ。


きっと日本一かどうかは、自分で心の底からそう思えるかどうかということなのだ。


では、自分はどんな日本一になりたい?


それは昔から明快で、日本一「感動した」と言われる制作会社を作りたいということだ。


これまでもそう考えて仕事に取り組んできた。
しかし、今期は、そう言ってもらえない時もあった。


原因は分かっている。


少ない案件を自分一人でこなしていれば、「感動した」と言ってもらうことはさほど難しくない。
先生ほどのゴッドハンドではないが、自分の力量で一生懸命やれば不可能なことはない。


でもそんな職人気質に興味はない。
もっと大きな世界にたどり着きたい。

そう考え、同時並行でいくつもの案件を抱え、まだまだ勉強中の若者を指導しながらの制作を行なっている。
でも、時には思うに任せず、激しく歯ぎしりしてしまうのだ。
こうしてよくある、制作会社になり果てていくものなんだろう。

やれやれ。


そこでふと思った。
きっと先生も日々激務をこなしながら同じように考えたのではないか?


スッタフの成長ほど楽しく、やりがいを感じ、そして利益に結びつくものはない。
だから、必死の思いで「日本一になる」ということを打ち出されたのだろう。
今こそ、自分も日本一になることを改めて目指す時なのだ。


先生、ありがとうございます!
明日、皆に宣言します。


失笑されるとは思いますが…


2012年2月 9日 (木)

テレビとネットの近未来カンファレンスに参加して

久しぶりに、テレビとネットの近未来カンファレンスに参加した。今回で16回目になるという。

第1回目から5回目ぐらいまでは参加させていただいていたのだが、その後、ずっと見逃してしまっていた。

さて、このカンファレンスは、ネットのリテラシーの高い人達が、いかにネットのパワーを活用して、テレビを従来とは違う切り口で世の中の役立てられないか?について、いろいろ情報交換をされる場である。テレビ番組の制作に携わっていない人たちによる議論なので、番組作りにおける悲喜こもごもは、今後のテレビの有り様を考える際に考慮されることはあまりない。

しかしながら、それゆえ、現場から出るはずもないすばらしい発想や、徹夜続きで知るすべさえない世界の潮流を教えてもらえて、非常に有益な会合なのである。しかも無料。

このカンファレンスをずっと続けてくださっている、井上さん、橋本さん、スタッフの皆さんに心から感謝である。

カンファレンスの内容に関しては他のブログにお願いするとして、
まずはここで紹介されていたWebサービスの備忘録。

TuneTV

ガラポンTV

テレビジン

テレチェック

コレミタ

Get Glue

MISO

などなど…

さて、前置きが長くなったが、今回のカンファレンスの印象だが、番組をいかに検索と連動させて見るか?についてはさすがに、そのためのハードやシステムはかなり整っていて、そこまでしてテレビを観るのか?というTV視聴という行動の根本について何度も振り返ってしまった。

自分が視聴率などを意識する時の「一般」とは違う概念で発想されていると共に、現状のものさしでWebサービスは測れないということなのだろう。
マーケティングツールとしてはかなり有効だと思われるので、販促費がかけられるような状態になれば何かやってみたいなとも思う。
と同時に、このような仕組を番組制作の現場でも活用し、成果を上げることはできないのであろうかとも考える。

最近テレビ番組制作のお話をちょくちょく頂くので、これらはおいおい考えていくことにしよう。

ではまた!

2011年11月18日 (金)

福祉の仕事を選ぶ人たち

最近、地方に泊まりがけでロケに行く。

今月は、山形と鳥取に行った。

高齢者福祉施設で働く人に、朝から晩まで「密着」して撮影する。


自分はそういった施設を、これまでに数回しか尋ねたことがない。

なので、福祉の仕事をしている人をほとんど知らなかった。

そんな自分が、これまでに取材させていただいて驚いたのは、

「考えるのは自分のことだけ、とりあえず楽しときたい」みたいな雰囲気の人がいない、ということ。

そして、

「効率」とか「競合」とか「費用対効果」とか、そんなことだけに囚われている人もいない、ということだ。

しかも、非常に高い責任感を持ち、熱心でいて楽しく仕事に取り組んでいる人も多く見受けられる。


なにもそこまでやらずとも…でも、そこまでやってくれたら感激だな…

失礼ながら、金銭的にはそんなことまで求められるほどではないかもしれないのに…ありがたいだろうな…


そう思うことがあった。

そんな人をファインダー越しに見つめていると、その姿はさながら「金八先生」のように見えてくる。


私は、そこに仕事というものの本質を垣間見る。

仕事とは、喜ばれるもの。嫌な気分にさせるものではない。

仕事とは、楽しいもの。辛いことはもちろんあるけれど。

仕事とは、自分が決めるもの。条件で決められるものではない。

こんな綺麗事と、そうは言っても…な現実を行き来することが、自分にとってのリアルである。

2011年11月17日 (木)

社員が結婚したので

先日、弊社のエース社員、Mが結婚式を挙げた。

挙式、そして披露宴に主賓として招かれた。

とってもとっても良い式だった。


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自分が起こした会社で、ずっと働いてきてくれた若者が家庭をもつ。

その門出に、社長として立ちあわせて頂く。

そんなことが自分の人生にあろうと想定はしていなかった。

本当にありがたい事だ。


それにしても…

社員を雇うということの責任。


会社の業績は、自分の家族だけでなく社員の家庭にも及ぶ。

当たり前のことだ。


でもそんな当たり前のことを、結婚式でえらそうにスピーチをさせてもらったりなんかすると、
より一層強く感じることができる。


責任の重さ、それはやりがいの大きさに比例する。

40を過ぎて、ようやく少し大人になれた気がした。


ともあれ、ふたりとも、お幸せに!


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2011年10月24日 (月)

5周年を迎えました

2011年10月24日、自分の会社が5周年を迎えることができた。

もしかしたら取引先をお招きし盛大なパーティを行うべきなのかもしれなかったのだが、スタッフと自社製作のドキュメンタリー映画の主人公と男4人で、ささやかな飲み会を開いた。

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創業後1年以内に潰れる会社30%。10年続く会社が25%というのが日本での創業の現状のようだ。
起業家たちの歩みより。

事業計画も、資金も、顧客も何もない中、行きあたりばったりに起業したのが2006年10月24日。

この時は、インキュベート施設であるIID世田谷ものづくり学校という廃校になった中学校の教室を間仕切りしたスペースで、たった一人だった。

大学卒業以来、志していた「ドキュメンタリー番組を作る」という夢を追いかけ、テレビ番組制作の世界に12年。

その夢を諦め、嫁と乳児を抱えてどうやって生きていけばいいのか分からない中での起業だった。

テレビ番組の制作現場しか知らない。営業も経営も全く経験がない。

そんな自分でもなんとか5年間生き延びることができた。

しかしだからといって、同じように次の5年を生き延びれるとは思えない。

5年、10年、15年、20年を生き延びるために何をすべきか?

普遍化、組織化、専門化、垂直統合化、がキーワードになると思う。

これからもなんとしてでも生き延びよう。


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