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小さな映像制作会社から見える、
ドキュメンタリー映像の可能性、
映像制作会社の経営、
映像を志す人材の育成
などについて記しております。
引き続き、よろしくお願い申し上げます。

2013年4月 1日 (月)

なぜ、その仕事をするのか?

この間、偶然知り合いになった大先輩のお話を伺っていて、いつものように「請け仕事」についての話となった。

私の周りにいる先輩方は「やりたいことしかやらない」という方が多く、したがって私のように企業から依頼を受けて映像を作ることに「興味が無い」と言い切られる。
私はそんな時、「頼まれ仕事にも独特の面白さがあるのに、損してるな〜」と思うが、同時に頼まれなくてもやる仕事から得られることの大きさも知っているつもりなので、「まあ、そうなんだけどね…」と、年下のくせに年上の大人のようなフリをして相槌を打つ。
でも、目から鱗だったのは、その方が自分の仕事の基準を「『やられた!』と思われることしかしない」とおっしゃられたことだ。
最近、私は組織化や商品化や売上げアップについてばかり考えていた。
でも、そもそも「なぜ仕事をするのか」というと、それは「自分がすべき仕事だから」ということに尽きる。
私の場合もやっぱり、それは「やられた!」ということなのだ。
この言葉に至るまでに、どれほどの道を歩んで来られたのだろうか。
先輩に心から敬意を払う。

なぜ会社なのか?

「映像制作会社の作り方」というタイトルにあるように、自分は会社を作りたいのであって、作家として自分の世界を突き詰めたい訳ではない。

だが「では、なぜ会社でなければならないのか?」と自問してみると、明確に答えられない。
単に逃げているのか、現実的な問題なのか、人材育成という希望なのか、共同作業の楽しさなのか。それとも、…実は見栄っ張りなだけ?寂しがり屋なだけ?
さて、知り合いの社長さんが新年度を迎えるに当たって「映像制作会社でなく、映像ベンチャーを目指す」と仰っていた。
自分はあくまで「映像制作会社」を目指す。
日本一だと、まずは自分たちが信じれる映像制作会社を目指す。
映像を「売る」ことではなく、「作る」ことが自分の仕事だからだ。
自分たちが作った作品に誇りを持ち、スタッフ同士が認め合い、自分たちの仕事に驚いてもらえるお客さんに囲まれて、映像を作って行きたい。
これまでに7年やってきたが、そこに一歩ずつでも進んでいるわけではない。
迷い道と回り道ばかりだ。
でもまだ死んではいない。
今日から再スタートだ。

2013年3月31日 (日)

映画を作るということ

久しぶりに「マジでガチなボランティア」を見た。

3月27日に、紀伊國屋サザンシアターにて開かれた「第2回紀伊國屋レーベル名画祭」で上映されたからだ。

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2010年12月4日にシネクイントで上映されてから、およそ2年4ヶ月。
これまで上映される度に自分で作った映画を見てきた。
編集中に数千回、数万回?と映像素材を見て、出来上がってからも100回ぐらいは見ていると思う。
見る度にいろんなことを思う。
最初は見られるのが怖かった。
そのうち、見られてもいいんだと思うようになった。
震災が起きて、見せる意味があるのだろうか?と考えた。
その後、映画祭で賞を頂いたりして、もっと見て貰いたいと思いながら、ほとんど見てもらうための活動ができずにここまで来た。
時間経つと、いろんなことが変わる。
世界の状況も、日本の世相も、出演者してくれたみんなも、作った自分も、手伝ってくれた仲間も、映画を見てくれたお客さんたちも。
この映画に関わったすべての人が毎日変わって行く。
でも、映画の中に写っているものは変わらない。
作品を見る者がの見方を変えたとしても、そこに写っている表情や、そこで発せられた感情が変わることはない。
現実を記録するということの力は、映像が溢れかえっている状況では感じることは少ない。
でも、今一度そこに立ち返って「何を撮るのか?」「何を伝えるのか?」という原点に忠実に、仕事をすべきだ。
どう撮るか?とか、どう伝わるか?なんてどうでもいい。
そんなことをすっかり忘れていた。

2013年2月12日 (火)

座・高円寺DOCUMENTARY FESTIVAL その2

座・高円寺DOCUMENTARY FESTIVAL

田原総一朗 セレクション『ノンフィクション劇場 老人と鷹』『ノンフィクション劇場 乾いた沖縄』を見て、田原さんのトークを聞いた。

『ノンフィクション劇場 老人と鷹』(1962年/25分/DVD版/日本テレビ/プロデューサー:牛山純一)
最後の鷹匠と言われる沓沢朝治の日常を捉えたドキュメンタリー。 第15回カンヌ映画祭テレビ映画部門グランプリ受賞作品。
『ノンフィクション劇場 乾いた沖縄』 (1963年/25分/DVD版/プロデューサー:牛山純一/演出:森口豁)
沖縄の黒島で生きる二人の老婆の日常を描く。

幼稚園ぐらいの頃に見て妙に記憶に残っている「すばらしき世界旅行」という番組がある。

番組の最後に出てくるクレジットで「牛山純一」という名前が出てくる。幼心に、その「牛山純一」という字が醸し出すなんとも言えない怖い感じが、秘境と呼ばれる民族の風習、宗教、儀式、などを紹介する番組の雰囲気と合間って、なぜか忘れられないでいた。

その後大学生となり、就職活動ということになって、テレビ番組制作会社をいろいろと受けた。ドキュメンタリーを志していたので、牛山純一さんの日本映像記録センターの採用試験も受けた。

日本テレビゴルフセンター?という名前だったような気がするが、そんなゴルフ練習場の近くにあったオフィスにスーツ姿でお伺いすると、同じような学生が5人ぐらいいて、会議室に通された。最初に採用試験だと言ってウイスキーと氷とグラスが出てきた。すでに牛山さんは酔っているようで、まずこれを飲めとのこと。そんな採用試験だった。
質問は?と牛山さんに聞かれ、私は青臭い質問をして、牛山さんに罵倒されたような気がする。また「撮るのに忙しいから、撮った映像や作った番組は全く整理していない」とも仰っていた。貴重な映像もそうして見られなくなっていくものなのか…と思ったように記憶している。

今回上映されたのは、そんな牛山さんが作りあげた「ノンフィクション劇場」の中の2作である。「ノンフィクション劇場」には、今回上映されたもの以外にも、政治的な思惑から放送が中止された「ベトナム海兵大隊戦記」という番組があり、上映後のトークでも田原さんからその話が出た。

私がこの「ベトナム海兵大隊戦記」の話が出る度に思うのは、なぜ牛山さんの勇気や怒りは武勇伝のように紹介されるだけで終わってしまうのだろうか?ということだ。

「時代が違うからさ」という事は簡単だが、そういう人が牛山さんと対峙できるほどのエネルギーを発することはない。

ベトナム海兵大隊戦記」の放送が中止されてから約50年。
私が日本映像記録センターの面接を受けてから20年。

私もまた牛山さんに罵倒されることさえかなわない存在でしかない。

2013年2月11日 (月)

座・高円寺DOCUMENTARY FESTIVAL

座・高円寺DOCUMENTARY FESTIVAL

『報道の魂 あの時だったかもしれない』(2008年/90分/カラー/DVD版/東京放送/ディレクター:是枝裕和)

2008年1月に亡くなったメディア・プロデューサーの村木良彦。彼は故・萩元晴彦と共にTBSから独立し、テレビマンユニオンを創設した。二人の後輩に当たる是枝監督が、生前の二人へのロング・インタビューと当時のドキュメンタリー映像を織り交ぜて、テレビ激動期の姿を浮かび上がらせる。

テレビ番組制作会社で働き始めた頃、会社の書架においてある「GALAC」をよく読んでいた。放送批評懇談会という団体があり、優れた番組に贈られるギャラクシー賞を決めている。そんなところが出している雑誌である。
当時、NHKスペシャル「禁断の王国・ムスタン」という番組でのやらせ問題が世間の耳目を集めており、この雑誌でも「やらせ」問題が大きく扱われた号があった。 是枝監督はその中で論客の一人として寄稿されていた。 私にとってはこれが是枝監督を知ったきっかけだ。 是枝監督は、デビュー作?でいきなりギャラクシー賞優秀作品賞を受賞した、フジテレビのNONFIX『しかし・・・ 福祉切り捨ての時代に』 という番組の制作時のことや、自分がムスタンで同じ状況に陥ったならどのように作品を作るか?といったことを書かれていたように思う。 撮影中に起きていることのどこに注目するかが力量であって、やらせなんかで、番組が面白くなりようがないという論理を展開されていて、強烈な印象を持ったように記憶している。

是枝監督の記事をきっかけに、その後、夢中になって是枝監督の所属する制作会社テレビマンユニオンの創業者、村木良彦さんや今野勉さんの本を読んだ。

さて、『報道の魂 あの時だったかもしれない』という番組は、「テレビ的な表現とは何か」をとことんまで追求した男の話だ。

テレビが衰退期に入っている現在、多くの人にとって興味が持たれるテーマではないかもしれない。

しかし、番組を作っている人にとっては、仕事の根幹である。

産業が衰退期に入ると、そこで培われた知識や見識が失われる。

テレビもまた、そのようなフェーズにある。

だからこそ、今一度、今回の上映を機会にまた考えなおすべきなのだ。

ちなみに、村木さんが問題提起したのは、私が生まれた1970年である。

2013年2月 5日 (火)

ヒアリングをしていて、初めて泣きました

今日、お客さんにヒアリングをしていて、初めて涙がでた。
その気持を忘れないように、ここに書いておく。
会社が大きくなっても、どれだけ変わらずにいられるのか。
自分が下した決断に、いつまで責任をとるのか。
世の理不尽を許せるようになるために、どれほどの経験が必要なのか。
こんな話を直接聞かせてもらえるなんて、本当にありがたいことだ。
そして、この話の力を多くの人に伝わるようにする機会を貰えるなんて、本当に幸せなことだ。
明日も頑張ろう。

2012年11月28日 (水)

ルーチンは悪なはずだった

先日、いつもお世話になっているFC本部の社長さんから、加盟店とのミーティングを覗きに来ませんか?と誘われた。

手ぶらで行くのも何なので、ビデオカメラで撮影しながら見学させて頂いた。
すると、そこで繰り広げられていたのは、経営セミナーだった。
様々な経営方法が解説されたのだが、私にとって最も衝撃的だったのは、「業務レベルを上げるために業務をルーチン化する」というものだった。
「業務をルーチン化する」とFC本部が語る時、そこには「賃金が安く補充が容易なアルバイトやパートで、いかに売上を上げるか」的な、人間の労働を貶める発言が撒き散らされるイメージがある。
しかしここでは、ルーチン化による反復によって技能獲得のスピードを上げ、それによって成功体験を積ませ、自信と働く喜びを感じてもらい、その結果としてサービスの質と売上の両方をアップさせるために行うというのだ。
目から鱗だった。
これは自社に置き換えことができる。
私がテレビ番組制作会社に就職した時、そこは職人的な世界だった。
いわゆる「仕事は盗め」「背中を見ろ」的な世界。
とはいっても、10年前、20年前よりは、かなりその世界は薄まっていて、先輩から「お前ら楽だな」とよく言われていた。
また、尊敬していたディレクターから「お前はなんでも聞いたら教えてもらえると考えてるところがムカツクんだよ」と言われたこともある。
そんな空気に反発していた決して優秀とは言いがたいADだったのに、毎日、社員にそのような話をしている。
あまり手応えはない。
ならば、ルーチン化するよ。
こうしてこうしてこうすると一つ一つ説明して、手順取りにできるようにするよ。
自分の職人的勘?をどこまでルーチン化できるか?
結構、簡単にできたりして
やれやれ。

2012年11月16日 (金)

制作物をパターン化するということ

まあ作家の方には、全くもってして検討にすら値しないことですが…

企業映像の制作なんていうものをしておりますと、すぐに「拡販」という話になるわけです。
「テンプレート作って、学生とか使って安く大量に作りましょうよ」なんて当たり前に言われるわけです。
…ふう
注文、増えそうですね。
工数減って利益率もあがりそうですね。
はい。ビジネスですから当たり前ですよね。
でもね。でもですよ。
うぉりゃ〜!!!!!!!
そうやってつまらなくしてませんかね。その仕事。
パターン化するってあんた、それってつまりは、まあ金だけですよね。
はっきり言って。
ええ、そりゃね。余裕ないいっすから、そんな仕事もね、やりますよ。はい。
…ってな態度でした。この間まで!
でも、転向しました!
個人事務所じゃないんです。はい。
会社なんです。はい。
パターンから学べ。新人よ。
拡販の組織化を学べ。俺。
拡販できる組織を作れ。俺。
そうなんです。
組織強化をまずやるんです。
それができたら…もしできたら…
その時、考えます。個人事務所の設立。
その時設立する個人事務所はそれが出来る前の個人事務所より数段パワーありそうだと思うわけです。
…てなわけでって、どんなわけか分からんけど、只今Webデザイナー募集中。
興味のある方はぜひ、info@mediaforyou.tvまで。
夜路死苦!

全社会議と研修

おおよそ仕事において、お客さんから学ぶことは多い。

中でも企業映像の制作という仕事は、他のどの仕事よりお客さんから学べるものだと思う。
なぜなら、お客さんがモヤモヤっと映像にしたいと考えていることを、
1)観察し、2)理解し、3)それを映像で表現する
ことが飯の種なので、通常見ることができないところを見たり、ふつうなら教えてもらうはずのことも知らせてもらえるからだ。
ここ半年で制作させて頂いたお客さんからは、本当に沢山のことを学ばせて頂いた。これを実践しない手はない。
そこでまず手始めに、おおよそ今時のまっとうな企業では普通に行われている、
1)全社会議
2)研修
3)目標設定
を行った。
実は恥ずかしながら…弊社では全く行なってこなかった。
最初に入った会社で「育つ奴は勝手に育つんだ」と言われて来た私には、上記の3項目は「んなもん自分で感じろ!盗め!考えろ!」という風にどこかで考えている節があり、したがって社員には実践でのトレーニングしかしてこなかった。
だが、そんなことを言うのなら、さっさと個人事務所にすべきなのだ。
会社として成長したいのなら、そういう考え方は間違っている。
というわけで今回、初の全社会議。
本当は口にしたくない、口幅ったいことを自分としては丁寧に話したつもりだ。
どこまで理解してもらえたかは分からないが、理解するまで話し続ける。
と同時に考え方自体を改善し続ける。
自分と社員、それぞれの家族の生活がかかっているのである。
皆を路頭に迷わせることは絶対にできない。
古臭い考え方はとっと捨てなければ、生き残れない。
変われないことは、すなわち死を意味するのだ。
まずがんばろう、俺。

2012年11月 8日 (木)

個人事務所か会社なのか?

先日、トーマツイノベーションの方からお誘いを頂き、ランチミーティングに参加させて頂いた。

丸の内の和食レストランの個室で、役員の方と担当頂いている方との3人で、はてどんな話になるのかなと考えていたが、非常に多くの気づきがあった。
役員の方は新規事業の立ち上げをずっと担当されておられたので、弊社の新規事業をどう進めるべきかについて、いろいろ相談させて頂いた。
いろいろアドバイスを頂いたのだが、最も印象的なのは「個人事務所なのか会社なのか」という視点。
10年間でドキュメンタリー映画を10本作って、アカデミー賞を取る、というなら個人事務所にすべきである。売上目標を立て、それに向けて組織や仕組みを整えていくなら、会社にすべきである。
とまあ、言われてみれば当たり前なのだが、しかるべき人から言ってもらってはたと納得する座標軸である。
それでもやっぱり、自分としては両方やりたいことなので、どちらかを選ぶことなんてできない。なので、少なくともその区別を自分の中でつけながら、今後の会社の運営を行なっていく事にした。
今やろうとしていることは「個人事務所なのか会社なのか」。そのどちらかが即答できるようにしていく。

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